五個荘町は、滋賀県の湖東平野の中部に位置し、古くから中山道の要衝として栄えたところです。町内各地に往時を偲ばせる古墳や神社仏閣の宝物、仏像、伝承文化などが数多くのこり、また古代地籍を示す条里制の跡も保存され、先人の築いた豊かな歴史の流れが文化遺産の中に息づいています。
五個荘は昔、観音寺山の東に展開された神崎郡の中央部一帯を山前庄、または山前五個荘と呼んでいた荘園時代からの流れで、明治時代になって五個荘と呼ばれるようになったと言われています。
中世、武士が台頭し、この地一帯は近江源氏佐々木氏が守護職となりましたが、その頃から今の区単位に集落が形成され、江戸時代に入ると五個荘商人が台頭してきました。その後明治22年、東五個荘村、北五個荘村が、同23年に南五個荘村が誕生し、同年東五個荘村は旭村と改名、それまであった村は大字と呼ばれ、これが終戦後まで続きました。
町村合併促進法により、昭和30年1月、旭村、南五個荘村、北五個荘村と安土町の一部清水鼻が合併、五個荘町が誕生し、現在に至っています。
町の情報
人口
12,014人(2004.1.1現在)
面積
6.28平方キロメートル
町の花
五月(さつき)
町の木
五葉松
町の特徴
五個荘町は、まち「まるごと博物館」
天秤棒一本で大商人となった五個荘商人、その町並みが町のいたるところで見ることができます。その中でも、金堂地区の白壁、土蔵、舟板塀が続く町並みは時が止まったようなかつてのなつかしい日本の原風景を見る思いがします。
まず近江商人博物館で予備知識を、その後まちに飛び出し、近江商人の住まいを見学、生活・文化や展示資料で五個荘商人の実態を探ろう。